IGLOO DIARY

源にふれろ#3

4/5/03....「あるのに気付いてない」「あるのに気付いてない」という声が聞こえる。恐くなって、声のする方を見ることすらできない。ポケットに手を突っ込んだ女(知らない人)が、雨に濡れた砂利道を歩いていく。それを目で追っている。少しして、「あっ、このままだと目が潰れる!」と思う。途端に、両目をぐいぐい指で圧迫されるような感じがして、思わず目を押さえて倒れてしまう。オーケストラの弦楽器と管楽器の束が混ざったような音が、右耳から左耳へパンしていく。木造の校舎のような建物の階段の踊り場に、大きなポリバケツがあって、その中に入って食事したり音楽を聴いたりすることを思いつく。思っただけなのに、気付くと真っ暗なポリバケツの中に居る。停電になった家に居るような感覚で、普通に何年も生活していたような気分。

4/6/03....ナツとボーリングに行くことになり、非常に高揚している。ボーリング場まではトロッコに乗って行くというので、乗車券を買わねばならない。椅子に座って順番を待っていたら、ナツがトロッコの発着場の方を見て「稲毛さんが運転してるじゃん!」と騒ぐ。僕はあらかじめそのことを知っていたので、「あんまり大声を出すと稲毛さんに悪いから言わないで」と窘める。僕らの番が来て、二人乗りのトロッコに乗り込んで運転席を見ると、運転手は稲毛さんではなく、全然知らないつるっぱげの親父だった。

4/8/03....いつまで経っても段ボールが回って来ない。仮に回ってきたところで面倒な事になるだけだが、回って来るのを待っている間の時間は、ほんの数センチの幅の断崖に立っていなくてはならない。断崖の下は羽毛のようなものが敷き詰めてあり柔らかそうだが、(あれは罠で、落ちたら絶対に死ぬのだ)と思い用心している。段ボールが回ってきたら足場が広くなり手摺が現れて、安全な場所へ退避できるらしい。

4/9/03....たこ焼きを呉れる女が居ると聞き、武田さんと「女」のカタログに目を通す。女だなんて、なにか後ろめたい気がしますね、などと話すが、実際、たこ焼きはどうでもよく、二人とも「女」が気になって仕方がない。カタログにはたこ焼きの女以外にもたくさんの項目が載っていて、なかなか目的の頁にたどり着けない。

4/13/03....何らかの事情により、時計屋と薬屋を営んでいる家族の厄介になっている。大黒柱であった父(どうやら僕はその人の『弟子』のような立場らしい)が失踪し、長男も行方不明だという。今はその家に、次女と母親と僕だけで暮らしながら商売をしている。娘は「滝子」という名前で、年は22、3だろうか。僕は当初、滝子とは仲が悪く、いつも居間で編み物をしている母親を相手に僕の悪口ばかり言っていた。あるとき僕が長沼町銀座区にそっくりな町を散歩していたら、偶然、滝子が黒ずくめの男たちに囲まれているのを発見し、僕はどういうわけか、すぐ側に停めてあった車(男たちのものと思われる)に乗り込み、灰皿を引き抜いて、中から何かのメモのような紙を抜き取り、それを路上で燃やしてしまう。男たちはそれを見て呆然とし、あっけなくその場を去る。滝子はそれからというもの僕に全幅の信頼を置くようになり、大規模な隠し芸大会の審査員にコネを使って僕を優勝させようと尽力してくれたりする。ある日、僕が店番をしていたら、青い服を着た女の客が来て、「みょうりつ丸を下さい」と言うので、店の木の棚に並んだ薬を探していたら、奥から滝子が出てきて、「『みょうりつ丸』なら、それよ」と、教えてくれる。それは、水色の瓦のかけらだった。不思議に思ったが、客は納得して瓦を僕から受け取って帰って行った。

4/14/03....民家の裏手で、武田さんに挑まれる。僕は「何が言いたい? 何が言いたい?」などと言いながら、武田さんの鉄拳をかわしている。武田さんはサングラスをしていて、無表情のまま拳を繰り出してくる。あまりのしつこさに辟易して「分かった分かった」と笑う。民家の2階で植野さんがギターを弾くということを僕は知っていたので、それを聴けば武田さんの機嫌も直って、後で皆で楽しく談笑できるに違いない、と僕はほくそ笑む。それなのに、武田さんは急に人が変わったようになって、「車で行きましょう。何処でもいいですから」と言い、「地下水道」という映画のように、僕をリードしようとする。僕は焦るが、いま逆らってはせっかくのムードがぶち壊しになってしまうので、取り敢えず武田さんのいいように従うことにする。武田さんは「パナマ」という飲み屋に行きたいという。僕は、酒など飲みたくないし、「パナマ」は以前伸夫と訪れて嫌な思いをしたのを思い出したので、やはり民家に戻ろうと主張する。

4/15/03....首が痛い。あまりの痛さに、病院のベッドの上で動けずにいる。すると、代わるがわる人がやってきては僕の顔を覗き込み、「私はこうやって直した」とか「そういう痛さはこういうことが原因です」などと、何かしら一言残して去って行く。知っている人(江角マキコ、小林幸子、いしだあゆみ、相澤君、JON、元気いいぞうさん、春名さん、大野さんなど)も居れば、誰なのか分からない人も居る。ナツが、誰かと楽しそうに話している声が聞こえるが、相手の声は聞こえないので(ああ、携帯で話してるんだな)と思う。(人が行列を作っているに違いない)と思って部屋の中を見ようと頭を少し動かした途端、電気が走るような激痛がある。

4/16/03....工藤さんと崖のような所を歩いている。工藤さんは黒いスリムのジーンズを履いていて、ポケットに手を突っ込んでいる。「工藤さん、ずいぶん痩せましたね」と言ったつもりなのに、「本当は丸い道っていうタイトルになる筈だったんです」などと言ってしまう。工藤さんは俳優のように振り返って(でも実際にそれは映画の撮影だった)、「なんでSoldier of leadをパクらないの?」と言った。

4/19/03....雑居ビルのような建物の中で行動している。何かの印刷物の制作に携わっているらしいが、その現物を見ることはない。徐々にビル内に人の気配が薄れて、(ああ、今は自分ひとりだ)という感じがする。建物の中を誰に気を遣うこともなく歩き回ることのできる気安さがある。が、最後は結局僕が仕事場として使っている部屋に戻ってくる。見ると、部屋の白い壁の中心が1m四方くり抜かれており、その大きな穴から、黒っぽいような茶色っぽいような毛皮が飛び出して、そこだけ膨張している。手で触れてみてすぐに、それがハラの身体の表面だと感じる。毛皮は暖かく、なかで血が流れて、生きている感じも伝わってくる。つまり、ハラはその壁のなかで巨大化して、パンパンに膨張しているということだ。放っておくと死んでしまう。僕は涙を流しながらハラの四角い身体に頬擦りをしつつ、壁を慎重に少しずつ壊さねばならない、などと考えている。

4/21/03....小田さんが、「だるま舎」という会社をおこすという。どういう会社なのかは分からないが、何となく、美術関係ものを中心とした展覧会やイベントの企画をするらしい、という雰囲気がある。小田さんに連絡がつけられるかと思って、「だるま舎」のホームページを探すが、どうしても見つからない。

4/22/03....蔦木さんが「ROBOTS」という喫茶店をオープンしたというので行ってみる。喫茶店と言っても巨大なショッピングモールのような建物の中に、数えきれないほどの小さな喫茶店が入っているというもので、世界的にも初の試みだという。僕と春名さんと、春名さんが連れてきた「児玉さん」というおばさんの3人で、その中の喫茶店の一つで演奏することになっていて、僕はピアノを弾けるというので気分が高揚している。児玉さんはその建物の構造に詳しく、ゴーカートのような乗り物で店内を移動する時も運転しながら案内してくれて、とても頼もしい。「蔦木さんは何処かに居るのかな」と思っていたら、春名さんが「蔦木さんね、シンボルみたいな、なんかそういうものになったんだって」と話したので驚いたが、「シンボルって何の事ですか?」と訊くと気まずくなりそうなので訊けずにいた。

4/24/03....僕が何か言えば言うほど、山路さんが不機嫌になる。ナツと武田さんはテレビに夢中になっているフリをしているが、明らかに険悪な雰囲気を意識している。山路さんの携帯に誰かから電話が入って、山路さんは楽しそうに話し始める。その様子を見て、今度は僕が苛々し始める。テレビから、「幸せなようでいて~、不幸せなもの~、それはあなたとわたしの~、心の駆け引き~」というアイドル歌手の歌が流れていて、全員に緊張が走る。

4/26/03....ももさんはいつも大きな旅行鞄を抱えていて、所在なさげにしている。ナツが、家(豪邸)の中の好きな所に座るよう勧めても、遠慮してずっと佇んでいる。三浦友和と大野さんが付き合っていて、一緒に家に来たのでももさんを紹介すると、三浦友和が「なんだ、メイドを雇ったのか」と言ったので、「いや、この人は芸術家で、凄くいい演奏をするんです」と言い返そうとしたら、ももさんが鞄から金属の長いものをサーッと引き抜いたので、フルートかと思ったが、よく見ると日本刀だった。

4/30/03....使わなくなった船がアパートのようになっていて、木材や鉄板を組み合わせて増築され、内部は複雑に入り組んでいる。ある事情により、僕はそこに住んでいる。ナツはもっと清潔で快適な一軒家でハラと暮らしている、という感じがする。ある一定の期間、僕は船のアパートで一人暮らしをしなくてはならない。感覚としては、ナツの家まで車で6時間ぐらいの港町のようだ。つい先日まで小岩さんが住んでいたらしく、すれ違ってしまったのが残念でならない。小岩さんは、ウィークリーマンションのような感覚で、よくそこを利用するのだという。

5/1/03....「運動体」という名のジュースは、半透明のプラスチックみたいな立方体の塊を、水を半分ぐらい入れたコップに入れるだけで作れる。半分だった水が一気に一杯になり、しかも冷たくなっている。宇宙食として開発されたものらしいが、今では提灯長家の婆さんも当たり前のように飲んでいる。僕は、あまりに人工的な匂いがして嫌なので口にしないが、関さんなどは「こういうものは研究しがいがありますよ」などと言って、不味そうに飲んだ。関さんは僕の部屋の窓框に青春っぽく腰掛けて、向いの家の娘が着替えをしている様子を眺めながら「運動体」をグビグビ飲んでいる。このあとギター2本で録音をすることになっているが、関さんは心ここにあらずで、「これ以外とおいしいですよ」と言うが、その顔はプラスチックの毒にやられて真っ青になっている。僕は「ああ。関さんが死んでしまう」と思いパニックになり、ドタバタとアドレス帳を探してきて母親に電話をかけようとした。

5/4/03....フリクションのライブでピアノを弾くことになっていて、狭い楽屋に一人で居る。そろそろ出番なので出なくてはならないが、ドアの向こうには巨大な毛虫が横たわっているという確信があるので、なかなか腰が上がらない。室内にはモニターがあって、ステージ上の様子が見られるようになっている。画面には、妙に生々しい感じで「田園に死す」みたいな映画が流れている。撮り直したものなのか、役者が違うように思えるし、背景が全てCGのように見える。(とにかくまだ映画の途中だから、本番までは時間がある)と思い安心する。しかし感覚的には、他のメンバー(レック、チコヒゲ、恒松正敏)はサウンドチェックもとうに終えて食事か何かしに出かけているのが分かっていて、自分は一人取り残されたような気分であるばかりか、もはや僕が演奏に加わること自体、忘れられているのではないかという不信感に捕われはじめる。その一方では、慌てふためいてメンバーを探し歩いたりするのはみっともないし、事実、毛虫のせいで出られないでいるわけだから、仕方ないのだ、と自分に言い聞かせた。

5/7/03....「カフェを充実させる者の会」に出席する。会場は「V-バランス」という名の「ビル」で行われているが、皆がビルと呼んでいるその建物は、どう見ても家なのだった。宮下区の家によく似ていて、庭に犬小屋があったので、僕は犬と遊びたくてうずうずしている。「カフェを充実させる者の会」の発起人はあつし君で、何やら分厚い書類の束をファイルしたものを小脇に抱えて、出席者全員とにこやかに談笑しているが、僕には視線を合わせようともしない。KKさんが居たので近づくと、「ちょっとこっちへおいで」と合図するので、部屋の隅に行く。KKさんは、僕に「カフェだっていうから来てみたらさー、なにこれ!ペテンじゃん!」と耳打ちする。「あつし君に呼ばれたんですか?」と訊こうとしたが、思うように口が動かず、「ふがふがふが」としか言えない。

5/9/03....椎名林檎の「海水浴」というCDの街頭キャンペーンをするので、伴奏してくれと頼まれる。自分はメチャクチャなギターを弾いてさえいればよく、キヌタパンとyumboのメンバーが極端に端正な演奏をする、というのを思いつき、上機嫌で関さんにメールを送るが、「送信」をクリックした瞬間にパソコンの画面がテレビになって、懐かしいCMがえんえん流れ始める。再起動しようとするが全く反応しない。テレビになってしまったのだ。

5/10/03....黒いスーツを着た集団に追われている。母の手配により、隠れ家に居る。同じ場にナツ、久美子さん、山路さん、はるちゃん、大野さん、卓さん、相澤君、母が居る。いよいよその家も追手に囲まれてしまい、もうそろそろ突入される恐れがあるという段階になって、母が「この家には屋根裏部屋がある」と思い出す。皆で梯子を昇ってみると、確かに天井の上に20畳ぐらいの広間があった。ここへ上がってしまえばもう見つからないだろうという安心感のせいか、皆、上機嫌になっている。広間の隅に、上へ昇る白いエスカレーターがあり、そこも昇ると、とつぜん視界が開けて、屋外になっている。ちょうど、大きな公民館の正面入り口のように、コンクリートの広い地面があって、壁に沿って歩くと軽食屋の看板があったので皆で入る。店内は鰻の寝床のような作りで、壁に「バドワイザ-」のネオンが光っていたりする。他の客も居るが、みな一様に身体の色や形が異常である。風船のような頭が二つついている女(姉妹?)が目に入る。「あの人はステュ-・シスターズっていう芸人ですよ」と、卓さんが言う。他の客も、芸人か何かなのか、蝶ネクタイにタキシードを着ていたり、派手な服装をしていたりするが、目玉が飛び出していたり、腕が奇妙に曲がっていたりする。自分たちだけではなく、大勢の人が利用する公共の隠れ家なんだ、と理解し安心する。店の入り口とは反対側に出口があり、皆で出てみると、すぐ右手にエレベーターがある。先ほどのステュ-・シスターズが、エレベーターの「↑」のボタンを押したかと思うと、次の瞬間には扉が開いて、あっと思う間もなくステュ-・シスターズはエレベーターに乗り込み、すぐに扉が閉まる。見ていると、また別の人がやってきて、同じように「↑」ボタンで扉を開け、目にも止まらぬ速さで乗り込んで行ってしまう。「あれは何処に通じているのかな」とナツと話していたら、山路さんが「試してみていいですか?」と言って、「↑」ボタンを押す。やはり、すぐに扉が開く。が、ぼやぼやしているとすぐに扉はサーッと閉まってしまう。次こそ、という感じで、山路さんはまたボタンを押して扉を開く。慌てて、山路さんとはるちゃんと大野さんが乗り込む。次の瞬間には扉がバタンと閉まり、3人の笑い声が残響音となって聞こえるばかりだ。僕も好奇心に駆られて、「↑」ボタンを押す。扉が開き、すぐに飛び込む。ナツと久美子さんが乗り込もうとするが、その前に扉は閉まってしまう。訳も分からず、「6F」のボタンを押す。着いたと思ったら、そこは何も無い、ただの空間だった。天井から、あちこち黒い大きな綿ボコリのようなものがダラーッと垂れ下がっている。窓があったので外を見ると、壁が直角に曲がっていて、同じ階の向こうの窓に山路さんと大野さんの姿が見える。下には黒いスーツを着た男達と彼等の車が見える。注視すると、男達は窓際に居る山路さんと大野さんに気付いたらしく、銃で狙っているのが分かり、彼女らに知らせるため、思いきり窓を拳で叩く。山路さんが気がついて、僕の方を見て笑う。大野さんも気がつき、一緒に笑っている。僕は「下がって!下がって!」と叫びながら、ジェスチャーで伝えようとするが、二人とも笑うばかりで伝わっていない。業を煮やして部屋から出ようと振り向くと、板張りの床がベコンベコンに波打っていて、ひどく脆くなっているように見える。上を歩くと簡単に床が抜けそうなので、比較的原形を留めている窓際を歩く。しかし、床がどんどん抜けて、みるみるうちに足場が無くなっていく。窓にぴったりと背中をつけて、脂汗を流しながら移動する。このままでは、僕も背中を撃たれるかもしれない。しかし部屋を出ることができれば、またエレベーターに乗って、移動することができると思い、さらに、この建物のエレベーターは、ひとつとして同じ部屋は無く、同じ階に止まったとしてもその都度違う世界があり、そこでは完璧に安全なので、そういう部屋を探し出して皆で移動すればよいのだと考える。

5/12/03....candy placeという名前のバー(図書館のような作りになっている)で、戸田君と会うことになっている。現れた戸田君は、不良っぽい仲間を従えている。僕が普通に「最近、何聴いてます?」と訊くと、戸田君は「パッツィー・ギャラン」と即答した。

5/14/03....「チョコレートレース」というテレビアニメの主題歌を作ることになり、僕のピアノとはるちゃんのトロンボーンと大野さんの歌で録音することを思いつき、大きな岩の間に挟まれた大野さんの家に行く。岩と岩の間に立つと、その向こうに海が見えて、小学生の時に見た小樽の風景にそっくりだと思う。クラクションが鳴って(それは今考えると携帯の着メロのような音だったが)、黄色い車に乗った大野さんがやって来る。「運転できるんだ」と訊くと、「空気を買う要領です」と言われ、なぜか納得し、あとで僕も運転させてもらえたらと思いわくわくした。

5/15/03....工藤さんに会えるというので喜んでT字路へ行く。荒物屋の勝手口で待っていたのはガッツ石松で、僕は彼を工藤さんだと思っている。ガッツ石松は工藤さんにそっくりの声で「色!」と叫んだ。それがレコーディングだった。

5/20/03....夕焼けに赤く染まった船の上で裸の女が赤ん坊の首のあたりに口を当てると、金管楽器のような音がボーッと出る。僕は女を恐れていて、できるだけ離れた場所に居る。関さんは彼女を打ちのめす手段を知っているので、安心するように僕を宥める。しかしまた彼女が赤ん坊で音を出したら、僕は気が変になって船から飛び下りたくなるにちがいなかった。女の目玉は銀色のミラーボールのようにぎらぎら光っていて、は虫類を想わせる。女は僕の肩に手を置いた(その手は鉄のようにずっしりと重かった)。「わたしはいつも想っていた。わたしによく似た砂の流れを」と、確かに女は言った。彼女の声はロボットのように人工的だった。

5/22/03....皆が大騒ぎしている原因は、裏山にあるらしい。校舎から大急ぎで走り出ると、大野さんの姿が見えて、「あれです!あれです!」と、アナウンサーのように僕に叫ぶ。見ると、裏山の彼方に人の形をした巨大な雲が浮かんでいた。それがゆっくりと空を流れ出した時、グラウンドに出ていた大勢の生徒が「うおおー!」と歓声をあげた。まるでサッカーの応援か何かのように喜んでいて、僕も近くに居た知らない人と抱き合って歓声をあげ、ぴょんぴょん飛び跳ねた。

5/26/03....何者かの影響により、「座敷」というものに対するイメージが覆され、実際には畳が敷いてあるのに眼には板張りの床に見えるということになった。家には壁も窓も無く、床と柱と天井だけがある。鳥が凄い勢いで家に突っ込んで来ようとする緊張した雰囲気と、壁のない2階の高さから見下ろす地面に対する恐怖の中に居るので、ナツが「お茶入れようか」と言ってもちっとも楽しくない。やけに不満が残る。それは家に壁が無いからで、そういうふうに改装するアイディアがナツのものであると僕は思っていて、いつその不満を切り出そうかと考えている。卓袱台の上に「チョコレート饅頭」と書かれた大きな木箱があって、「木箱に入っている」というだけで高級なお菓子だと思い込み、知らない子供たちをナツが招いて食べさせることになる。僕は「きっと貧相なお菓子に違いない」と意地悪く考え、さらに「子供に貶されるのが恥ずかしい」と考えていたたまれなくなり、訝るナツを無視して階下へ降りる。階下には壁があって、大きなソファやオーディオのセットがある。ここにゆったりと座ってヘッドフォンで音楽を聴くことができる、と思い夢中になるが、もし2階で何かあってナツが僕を呼んでもヘッドフォンをしていては気付かないので、もしそういうことになればナツは傷付くだろう。と思いやめる。ソファには誰かが座っていた雰囲気が残っていて、その雰囲気の漂っているあたりに顔を近付けると雑誌のようにその人の歴史が見える。誰が座っていたのか知りたいと思い近づくと、首や顔に引きつったような痛みが電流のように走り、恐ろしくなる。子供たちが階段を降りてきて、大人のような声で「お菓子美味しかったですよ。後で確かめるといいですよ」と言った時、胸が締め付けられるような思いだった。彼等は僕の子供だったのだ。

5/29/03....瓢箪に顔が描かれたものがたくさん縄に吊るされて、少しずつ揺れながら移動している。何処かの納屋の中での秘密の行事らしい。

6/1/03....家の本の整理をしていたら、ずっと探していた「昭和名探偵漂流紀」という本が見つかった。これはKさんが学制時代に書いたという幻の小説で、表紙には群青色の暖簾に白抜きの毛筆体で題名が書いてあり、落語家の本のように見える。持っていたのに全然読んでいないので、急にわくわくし始める。

6/2/03....緩い勾配のある雪道を好きなように使って映画を撮ることになる。撮影現場のすぐ近くに学校を改造したホテルがあって、そこに滞在している。この建物の中では大勢の映画関係者が集っており、しかもそのほとんどが同級生であることが分かり、「記虎君が居たらシンセサイザーを返してもらえる」と思いうろうろする。11:00起床。工藤さんからメール。法政の件。俄然、ナツの立場が重要性を帯びてきた。

6/7/03....アパートとアパートの窓の間にワイヤーが張ってあって、木製のゴンドラで行き来できる。その下は断崖絶壁になっていて、ゴンドラが落ちたら確実に死ぬ。僕が高所恐怖症なのを知っている工藤さんは面白がって、山本土壷に操作を命じて何度もゴンドラで往復し、僕を挑発する(むかし鳶をやっていたので怖くもなんともないと豪語し、親方っぽい鋭い目でゴンドラから僕をキッと睨んだりした)。恐ろしくて見ていられない。そのうちナツやさっちんも乗ると言い出し、明らかに重量オーバーの状態でキャッキャ言いながらグラグラと揺れるゴンドラでアパートを往復する。僕は全身が恐怖でガタガタ震えている。そして、「ああ、みんな死んでしまう」などと思い絶望的な気分になる。

6/11/03....大津さんが座っているソファだけがものすごく揺れていて、誰も手を出すことができない。大津さんは「ひや~」などと叫んでソファにしがみついている。大津さんのお兄さんらしき男性がやってきて、大津さんに頭から毛布をすっぽり被せると、大津さんの声が変調してギターの音になった。

6/15/03....僕達はYさんを恐れている。僕達がYさんの息子をかどわかして多額の借金を負わせてしまったので、Yさんの逆鱗にふれたのだ。僕達はYさんが暮らしている雑居ビルに呼び出され、緊張して応接室で冷めたお茶を見つめている。監視カメラで覗かれていることが分かっているので、ここで深く反省している振りをすれば、許してもらえるかもしれないという雰囲気がその場にあり、僕達は押し黙って悲しげな顔をしている。室内の電話に、Yさんが中庭で待っているという連絡が入り、皆で反省したムードのまま中庭に移動することになる。ところが、明るい日の射し込む板張り廊下を静かに歩きながら、僕達は心の底から反省する気分になり始めた。先頭を行く者がエレベーターに乗り込み、勝手に別の階へ行ってしまった。僕を含む残った連中は能なしで、自分たちだけでは何も判断できないと思っている。ざわついていると、見知らぬ白人男性が決然とした態度で言う。「我々が見ているのは不器用な心の版画に過ぎない」。皆は、白人男性がYさんの息子の件とは無関係であることを察知し、同じ罪を背負った同胞ではないと言って彼を敵視するが、僕はそんな同胞意識など馬鹿馬鹿しくてしょうがない、などと思っている。それより、僕も勝手にエレベーターに乗ってこっそりYさんに会って、息子さんのことを謝って帰ろうと思い立つ。そう考えたら気が楽になって、むしろ楽しくなってきた。エレベーターに乗ってみると、中は革のバンドでゴンドラを吊っただけのものだった。足が震える。階と階の間には何も無い筈なのに、階と階の間の暗がりにYさんの顔が何度も写し出される。Yさんはまともに僕を見ていて、顔を黒い塗料のようなもので塗りつぶしている。黒い顔に目だけが爛々と光っていて、とてつもなく恐ろしい。ゴンドラは上昇し続けるのに、何処かの階で止まる気配が感じられない。何度も何度も現われるYさんの黒い顔。ゴンドラの上昇。次に顔が現われた時は、顔だけでなく黒い手がヌーッと伸びてくるような気がして、恐怖がピークに達した

6/19/03....白昼、何者かに追われていて、走っているうちに木下サーカスのテントに辿り着く。潜り込むと、中はまだ何も無く、骨組みとテントだけが設置されているだけだった。とにかくテントの中なら外からは見られる心配が無いので安心する。テントは横に長く何百メートルも続いていて、テントの中に居る状態でどんどん逃げる。テントの終わりが来て、外に出ると千歳市栄町だった。この道なりに行けば、かつて暮らした大橋アパートが...と思って歩いて行くと、本当に大橋アパートがあった。自分の部屋に逃げ込むと、植野さんと工藤さんが楽器や機材を拡げて練習をしていた。工藤さんは背広を着ていて、意味ありげだなあと思っていると、こんど千葉珈琲に就職することにしたんです、と言うので、「それだけはやめてください」と思わず訴えると、真顔で「なんで? 僕にだって生活があるのに」と言われ、返す言葉もない。デビッド・ボウイのscreaming like a babyという曲を演るけど、一緒に演る?と言われて、工藤さん(YAMAHAのドラムマシンを指で叩いている)と植野さん(ベース)に合わせて、床に置いてあった古いエレピ(シンセ?)を弾く。歌を覚えていたので弾きながら歌ったら、工藤さんに「ストップストップ!」と言われたので止めると、「いいね。澁谷さん歌って下さいよ。でも鍵盤はひどいから弾かないで下さいね」と言われる。ふと見ると、格子柄のオレンジ色のカーテンに植野さんが馴染んでいく。つまり、植野さんの肌や服、弾いていたベースまでもがカーテンのオレンジ色に染まって同化していく。「えーっ?」と思って見つめる。工藤さんがバレエの教師のようにリズミカルにパンパンと手を叩くと、そのリズムに合わせて植野さんの変色が進み、「ああ、それ以上手を叩いたらカーテンに消えてしまう」と思っていたら、本当に植野さんがベースごと消えてしまった。できるだけ平静を装っていたら、工藤さんは「大丈夫、もともと植野君はさっきから自分の家に居るんだから。ここで僕らが演奏してるのもモニターしてますから」と言うので、なぜか納得し、変に大騒ぎしなくてよかった、と思う。


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